【支援者座談会レポート|Day2】「どう生きていくか」が、事業承継の出発点だった。

2023年11月28日、東京・巣鴨のカフェ「Cafe Port Glasgow」に再び人が集った。
今回集まったのは、家業を継いだ経営者たち。いずれも事業承継を経験し、いま実際に経営を担う当事者である。
茶問屋、部品メーカー、繊維業、封筒製造、飲料卸──。業種は違えど、彼らに共通していたのは、「会社を継ぐ」とは単に仕事や株を引き継ぐことではなく、自らの“生き方”と向き合うプロセスであったということ。
事業承継の現場で何が起きていたのか。そのリアルな声をお届けする。
ファシリテーターは、Day1に続きK型事業承継を提唱する金子智彦氏と、ゴンウェブイノベーションズ代表・権成俊氏が務めた。
※本記事は「承継者座談会(Day1)」の続編です。
第一章:「どう生きていくか」から始まった
話題の中心となったのは、「経営」よりも「生き方」の問いだった。
酒井智子さん(酒井織物有限会社 代表)
「父は“死ぬまでやる”と言っていたのに、ある日突然亡くなって。
和装業界が激震するような会社だったから、私がやらなきゃと思って、気づいたら“私がやる”って言ってた。」
酒井さんは、リクルートで海外勤務を経験後、急遽帰国して承継を決断。
伝統産業の厳しい現実の中、「私が変える」という想いで業界の常識と向き合ってきた。
鈴木香さん(かくに茶園 代表)
「高校時代に祖父から届いた戦地からの手紙を読んだことがずっと心に残っていて…。
父が“廃業する”と言ったとき、その手紙を思い出して“私が継ぎます”と伝えました。
正直、“やるせなさ”と“切なさ”が原点でした。」
会社をどうするか以前に、自分が“どう生きていくか”という問いに直面した──。
それが彼女たちの共通点だった。
第二章:「在り方」が揺れると、会社も揺れる
吉澤和江さん(株式会社太陽堂封筒 代表)
「借金が1億あって、“返せるわけない”と思ってたけど、
小さいころから見ていた工場がなくなってほしくなかった。
父に“封筒があるから病院に行けた、大学に行けた、家が建った”と言われて、
この仕事って、生活そのものなんだって気づいたんです。」
経営に必要なのは数字や知識だけではない。
「自分は何者なのか」という“在り方”が揺れると、会社そのものも不安定になる──そんな感覚が語られていく。
江上健治さん(有限会社双葉テックス 代表)
「義父の会社を継いだら、想像以上に借金があって…。
でも“社員の人生を守りたい”っていう想いが、結局すべての原動力になってる。
技術があっても、それだけじゃ選ばれない。想いに惹かれる人がいるから、BtoCに挑戦しようと思った。」
第三章:応援される人になるということ
酒井智子さん:
「継いだ当初、問屋さんたちに“和装業界に激震が走った”って言われました。
最初は嫌だった繊維業界。でも、今は“応援したい”って思ってもらえるようになった。」
吉澤和江さん:
「父が亡くなって、私が社長になることになった時、
取引先から“社長が変わったら離れるかもしれませんよ”なんて言われたけど、
むしろそこからの方が関係が深まった。」
支えてくれるのは、数値的な実績や肩書きではなく、“この人を応援したい”と思わせる姿勢だった。
第四章:文化を、商品にする
事業を継ぐとき、商品やサービスの継承以上に難しいのが、「その会社らしさ」や「文化」をどう引き継ぐかという問題だ。
目に見えない空気、信念、積み重ねてきた想い──。
それらを次の世代に伝えるには、かたちにして届ける工夫が必要になる。
鈴木香さん:
「同業がどんどん廃業して、うちも工場を手放していた。
でも、文化を買ってもらう、ストーリーを届けるという覚悟でやってます。」
江上健治さん:
「技術だけでは残らない。ナットリングという技術を使って、包丁や棚などを作ってるけど、
“スクラップで作った包丁”っていう背景に惹かれてくれる人がいるんです。」
酒井智子さん:
「ジャケットを作って、経済産業省の大臣賞をもらいました。
伝統産業を“かっこよく”見せる努力をしてる。
でも、変えるってことは、“魂を失わないようにする”という難しさとの葛藤でもある。」
文化は、形にして語らなければ伝わらない。
けれど、語りすぎると本質がぼやける。
その絶妙なバランスを探りながら、彼らは「その会社らしさ」を商品に変えていた。
第五章:承継は、ビジョンを描き直すチャンス
上野聖二さん(株式会社秀和物産 代表)
「僕は自分の時も従業員承継で、いま部下に承継しようとしている立場。
株の買戻しとか、いろんな問題もあったけど、
ようやく“これからどうしたいか”を考えるステージに来た。」
株の整理、財務の調整といった“足元”の課題を越えた先に、
「ではこの会社で何をしたいのか?」という問いが生まれる。
吉澤和江さん:
「私は“積み重ねていくのが好き”なんです。
封筒って、生活を支えてくれるもので、父がそれをずっと信じてきた。
それを今の時代にどう繋いでいけるかを考え続けています。」
編集後記:想いと在り方が語られた時間
この日の座談会では、「数字」や「手続き」では語りきれない、“人としての営み”が言葉になっていった。それぞれの経営者が口にした「在り方」「応援」「文化」「生き方」というキーワードは、事業承継の本質が“見えない資産”の継承にあることを、あらためて思い起こさせてくれる。
事業承継とは、株式や役職だけでなく、その会社らしさ、想い、関係性、そして物語を引き継ぐ営みである。支援のあり方とは、それらを“ともに見出し、言葉にすること”。そこに共通認識が生まれたとき、事業は次の世代へと確かにつながっていく。本座談会が、そのような支援のスタンダードを再定義する一歩となれば幸いである。