【支援者座談会レポート|Day1】見えない資産をどう承継するか──支援者のまなざしから紐解く、これからの事業承継

2023年11月27日、東京・巣鴨のカフェ「Cafe Port Glasgow」に、事業承継を支援する実務家たちが集った。 税理士、財務コンサルタント、不動産の専門家、エグゼクティブコーチ、M&Aプラットフォーム運営者、そして組織文化の支援者。いずれも中小企業支援の最前線で現場と向き合い、日々経営者と対話しているプロフェッショナルたちである。
この座談会は、K型事業承継を提唱する金子智彦氏と、ゴンウェブイノベーションズ代表・権成俊氏が呼びかけたものだ。 目的はひとつ。「これからの事業承継に、本当に必要な支援とは何か?」を、支援者自身が語り合うこと。制度でもスキームでもない、“承継のリアル”に触れる場となった。
 
座談会の様子
 

第一章:数字に出ない価値をどう捉えるか?

冒頭、話題に上がったのは「見えない資産」についてだった。
決算書には載らない、けれども企業の存続や再成長に深く関わる“無形の価値”についてである。
岩田隆志さん(不動産コンサルタント):
「中小企業の中には、事業が赤字でも不動産を多く保有している会社が結構ある。金融機関も、事業の健全性より“担保力”を重視して融資することがある。でも不動産があると、経営が回っているように”見える”こともある。判断が遅れ、事業そのものが弱っていくケースも多いんです」
この言葉にうなずいたのは、税理士の山下明宏さん。TKC東京都心会の会長も務めた税務のプロフェッショナルである。
山下明宏さん(税理士):
「相続対策では『資産評価』ばかりが注目されがち。でも本当に見るべきは、経営者がどんな思いで事業をしてきたか。誰とどんな関係を築いてきたか。評価できない“つながり”の部分をどうやって引き継ぐか、そこが勝負なんです」
税金や財務の話になりがちな「事業承継」というテーマだが、支援の現場にいる彼らは、その奥にある“人と人の関係性”にこそ注目している。
 

第二章:文化をどう言語化するか

この座談会で最も多く語られたテーマのひとつが「文化」だった。
「その会社らしさ」とは何か。それをどう捉え、次の世代へ渡していけるのか。
その問いに真正面から向き合っていたのが、元プライベートバンカーで、今は組織文化の専門家として活動する藤原尚道さんだ。
藤原尚道さん(組織文化の専門家):
「大企業でも中小企業でも、組織にはそれぞれの“空気”があります。
たとえば、朝の挨拶の仕方、メールの文面、社内で通じる言葉──こういった細部に、その会社の文化が宿っている。
でも文化は、見えない。だから、いざ承継する時に継承されず、失われてしまうことが多い」
目に見えないものだからこそ、失われやすい。
その“空気”のような文化こそが、実は企業の成長を支えているのだという。
この話に、K型事業承継を提唱する金子さんもうなずきながら、自らの支援でも「“あり方”の言語化」が重要なテーマであると語る。
技術や商売のスタイルは、すべて“その会社らしさ”から生まれてきたもの。
表面的な業務や数字ではなく、その背後にある価値観や信念をどう捉えるかが、承継の鍵になる。
 
金子智彦さん(ファシリテーター):
「多くの中小企業には、“やり方”より先に“あり方”がありました。技術や商品は、“その会社らしさ”から生まれてきた。それを継がずして、株だけを渡しても意味がないと思っています」
 
ここで、権成俊さんが語った視点が加わる。文化や信念を守ることの重要性を認めたうえで、それだけでは未来につながらない──という補助線を引いた。
 
権成俊さん(ファシリテーター):
「文化とか、会社の空気とか、“見えない資産”があるのはすごく大事だと思うんです。でも、それだけじゃダメなときもある。“何を残して、何を変えるか”の見極めがすごく難しい。そこが曖昧なまま、全部変えようとすると、魂ごと変えてしまいそうで怖いんですよね」“変えること”と“守ること”のバランス。文化の承継とは、単に過去を引き継ぐ作業ではなく、未来のために意味づけし直すプロセスでもある。この文化を捉えるには、細部に対する感受性が欠かせない。承継とは、単なる制度移行ではなく、「物語の引き継ぎ」としての側面もある──そんな見方が浮かび上がっていた。

第三章:支援者は“答え”を与えない

「支援者の役割とは何か?」
その問いに真正面から向き合っていたのが、後継者向けのエグゼクティブコーチングを行う金岩由美子さんだった。事業承継における“支援”とは、知識やノウハウを提供することだけではない。むしろ、本人が自分で選び取れるような“思考と対話の場”をつくることが本質ではないか──そんな視点から語りはじめた。
金岩由美子さん(エグゼクティブコーチ):
「支援者って、“正解”を持っていたくなるんですよね。つい、“こうすればうまくいきますよ”と言いたくなってしまう。
でも、承継ってすごく個人的な、内面的なプロセスなんです。
本人が自分で選んだと思えなければ、たとえ良い道筋でも、納得して進めない」
金岩さんは、後継者との1on1の対話の中で、「家族には言えない本音」や「自分でも気づいていなかった葛藤」が自然とあふれてくる瞬間に何度も立ち会ってきたという。
経営の承継とは、単なる手続きや引き継ぎではなく、「自己理解」のプロセスでもある。
その内面に寄り添いながら、言葉にならない想いを解きほぐしていく──それが彼女のスタンスだ。
この言葉に続いたのは、財務コンサルタントの宇野広人さん。地銀出身で、数多くの中小企業の資金繰りや事業支援に携わってきた人物である。
宇野広人さん(財務コンサルタント):
「親子であっても、言えないことってあるんです。むしろ親子だからこそ言えないことも多い。第三者である僕ら支援者が入ることで、“本音を吐ける場”が生まれることもある」
支援とは、アドバイスや指示ではなく、“問いかけ”と“傾聴”の連続であるという共通認識が、少しずつ場の中で形になっていった。

第四章:支援者が問う「本当に残したいものは何か」

山下明宏さん(税理士):
「『株式をどう渡すか』『相続税をどう抑えるか』という話は確かに大切です。
でも、それは“手段”であって“目的”ではない。事業承継とは、経営者が何を残すか、何を次世代に託したいのかを明確にする時間なんだと思います」
相続や資産の話にとどまらず、支援の現場では“言語化されていないこだわり”をどう捉えるかがカギになる──山下さんはそうした実感を語っていた。
藤原尚道さん(組織文化の専門家):
「“承継”って言葉、重たいですよね。
何を?誰に?どのくらいの熱量で?──それが曖昧なまま進むと、いざという時に対立が起きてしまう。
だからこそ、支援者は“問いを持ち続ける人”でなければいけない」
制度や技術の話だけでは語りきれない、“人の営み”としての事業承継。
「承継」という言葉が、かえって本質をぼかしてしまうという違和感も参加者から共有された。
金子智彦さん(ファシリテーター):
金子さんは、制度やスキーム以前に、「その会社にどんな価値があるのかを見つめ直すこと」が重要だと語った。数字に出ない資産──たとえば「その会社らしさ」や「経営者のこだわり」──は、承継によって失われやすい一方で、そこにこそ再成長の可能性があるという。
金子さんは、「その会社らしさ」や「経営者のこだわり」といった、数字に表れない価値に注目していた。発言の端々からは、“あり方”を見直すことが変化の起点になる──そんな支援者としてのまなざしがうかがえた。“何を残すのか”を問い直すことから始まる事業承継。支援者自身が、見えない価値に目を向ける姿勢が、参加者の間でも静かに共有されていった。
 

編集後記:支援の現場から見えた「何を継ぐか」という問い

この座談会は、支援者の立場から事業承継の現場を見つめ直す機会となりました。制度や仕組みではすくいきれない「文化」や「信念」といった目に見えない価値に、どう向き合い、どう引き継いでいくのか──。K型事業承継が掲げる「何を継ぐのか」という視点が、支援者それぞれの経験を通じて浮かび上がったように感じます。次回は、実際に承継を経験した経営者たちの言葉をお届けします。当事者だからこそ語れるリアルな声を、どうぞご期待ください。